満ちて欠ける

*満ちて欠ける




♪夜空に光る 黄金の月などなくても




年も明けたが、哀しいほどに感慨がない。
その思いは年々切実になり、
ついには恩讐の彼方へと消えてしまうのか。
今年もあらゆるものを捨て去るのがテーマだ。
記号化した日常、薄っぺらな夢、
おどおどした常識、遜った記憶の残骸、
それらが知らぬ間に胸のよりどころに溜まるのを、
仔細に眺め、懸命に排除し、
意気軒昂と振り払う。
歌は流れる、馬は走る、
地表は揺れ、星は瞬く、
ちょうどよいのはトンビで、
人はぜいぜいと息を切らす。


「月が地球をめぐるように、われらは何を成せというのか?」
ゆうべ、夢の中で白髪の老人に問われた。
わたしは言った。
「満ちて欠ければいいのです」
すると、老人は安堵するように微笑み、
暁の陽の射す荒野へと去って行った。


わたしは思う。
あれは月の使者ではなかったかと。
いいえ、ちがいます。
あれはわたしそのものだったと。
まばゆい夕陽が照らす空に影絵になったトンビが踊っている。
わたしは落とした杖を拾い、
目頭に涙が止まらなくなるのを両の手でおさえながら、
あの老人と同じ方角へと歩き始めた。