メリイクリスマス
「この、うなぎも食べちゃおうか」
私はまんなかに取り残されてあるうなぎの皿に箸をつける。
「ええ」
「半分ずつ」
東京は相変らず。以前と少しも変らない。
にぎやかな師走の町は、
決して幸福だけが待っているわけではない。
太宰治の「メリイクリスマス」という短編は、
そんな人の有様を哀切を込めて描いた作品だ。
話は、東京の本屋で旧知の女性の娘と偶然出会った「私」が、
屋台のうなぎ屋に出掛け、酒を酌み交わすだけと他愛無いもの。
懐かしさと成長した娘の美しさに見惚れ、意気揚々と連れ出すのだが、
母親の消息を訊ねると広島の空襲ですでに亡くなっていた。
「私」は弔いの意味で、うなぎの小串三人前とコップ酒を3つ注文する。
「お皿を、三人、べつべつにしてくれ」
「へえ。もうひとかたは? あとで?」
「三人いるじゃないか」私は笑わずに言った。
消沈した「私は」黙々と酒を飲みつづける。
客の紳士がうなぎ屋の主人を相手に、
やたらとつまらない冗談を云ってハシャギはじめる。
とすると紳士はだしぬけに大声で、
通りを歩くアメリカ兵に向かって、
「ハロー、メリイ、クリスマアス」と叫ぶ。
なぜか「私」は、その諧ぎゃくにだけは噴き出してしまう。
で、冒頭の科白で終わる、
そんなどうでもよく、けれど味わい深い話。