アンカレッジ行最終便

hajimechan2008-02-08




すべてを投げ捨て、俺は午後11時59分発のアンカレッジ行最終便に飛び乗る。
窓の下を宝石箱を散りばめたような東京の夜景が遠ざかってゆく。
あんなに憎らしかったはずの街だが、
すでに俺の中で郷愁に似た感情に摺りかえられていることに驚く。
もしかしたら俺の捨て去るべきものは、
あの明かりの下にはなかったのかもしれない。
これも旅立ちの気の迷いと、強いウィスキーでも飲んで忘れてしまおう。
はやけに脚の太い搭乗員に向かって無愛想に声をかけた。
「シーバスをダブルでくれないか」
今度眠りから醒めたら、機内から美しいオーロラを観ることはできるだろうか?
マッキンリーの山々やアラスカの白い大地は、俺を暖かく歓迎してくれるだろうか?


というような日が、いつか来ると思っていた。
都会に絶望し、愛する人や肉親を捨てて逃げ出す日が。


椎名誠のエッセイにもアンカレッジ空港で饂飩を食べたという逸話があったが、
昔、欧州行きの便はアラスカのアンカレッジに寄航し、
燃料補給を受けた後、北極上空を通ってヨーロッパに向かった。
つまりアンカレッジはトランジットとして立ち寄るだけなのだが、
私はアンカレッジ行きという響きになぜだか男の哀愁のようなニュアンスを感じていた。
だから、いつか私もそんな苦境を背押された日を迎えると信じていたのだ。
幸いか不幸か今の私にはアンカレッジ行きのチケットは手渡されていない。
しかし、すべてを終わりにして何処か知らない国でもう一度人生をやり直したい、
という熱情に打たれる夜も存在するのは確かだ。
そんな夜、私はアンカレッジ行最終便に乗る夢をぼんやりと蛍光灯の明かりの中に見る。