銀色ジッポ

hajimechan2008-09-19



♪I'd love to get you
 On a slow boat to China
 All to myself alone



米軍基地のゲートにもたれて、
あの娘は煙草に火をつける。
海軍あがりの銀色ジッポは彼女の華奢な指には不釣合いだ。
埃っぽい春風が足元を吹き抜けて、
PXで仕入れた両切のウィンストンが
芍薬の花のように香る。
仔鹿みたいにスラリと伸びた両脚で砂を蹴り、
目配せで「あんたも吸う?」とたずねる。
曖昧に首を横に振ると、
いかにもハーフっぽい大仰な目鼻立ちを尖らせて、
きつく煙を吐いた。
金網越しに自動小銃を抱えた米兵がこちら睨んでいる。
ぼくはミッドウェイを誘導するタグボートさながら首をすくめた。



若さは苛立つ春に似ている。
高校二年の春は風のように過ぎた。
待ち合わせのEMクラブの階段の上で、
彼女はいつもマッカサーのように起立していた。
そして、例外なく不機嫌だった。
きっとまた彼とケンカしたのだろうと思っていた。
でも、本当はそれだけではなかったのかもしれない。
彼女は家族について何も語らなかった。
ハーフだといわれると鬼のように怒った。
今なら解ることもそのときは暗中として見えない。
一息つくと、基地前の「ハニービー」でタコスを食べて
バイバイするのが決まりだった。
最後に会ったとき、臨海公園を二人で歩いた。
夕陽を浴び、軍用線路のレールの上を両手を広げて歩く彼女の背中が、
影絵のように今でも目に焼き付いている。