侘助

hajimechan2007-11-22



ただわびすけといふは冬の花


その昔、恵比寿界隈でバーと呼べるのは「ZANZIBAR」だけであった。
冬の夜、灯の消えた線路沿いにボツンと佇むその姿は、
侘助の紅い花に似ていないこともなかった。


怒号咆哮とびかう一杯飲み屋の並ぶ通りを抜けて、
仄暗いカウンター、深紅のソファに身を沈めた私は、
何かを思い出すかのようにチロ、チロとバーボンを舐めた。


「美しく負けることを恥と思うな、ブザマに勝つことを恥と思え」
ヨハン・クライフは言った。
でも、それはアスリートの傲慢さ。
仕事と恋路の中間が無きように、
夢と現実のハザマを琥珀の液体が分ける。


私には帰る場所があったが、
プールの底でピアノを弾いていたジャン・レノみたいに、
今夜はなるたけへばりついていたかった。
この身が侘助のようにポックリと地べたに倒れてしまうまで、
しがみついていたかったあの夜は。